ホストマザーに感謝 (2016年1月)

留学先のクラスメイトと19歳の私。

インドにジャナカ王という王様、アシュタバクラという家臣がいました。アシュタバクラは、王様が何かを尋ねると必ず「全ては最高の出来事でございます」と答えるため、王様はアシュタバクラを大変気に入っていました。

ある日、王様は怪我を負います。アシュタバクラは、王様が怪我をしたことに対しても「全ては最高の出来事でございます」と答えたため、王様は怒ってアシュタバクラを牢屋に閉じ込めてしまいました。そのあと王様は森へ狩りに出かけましたが、人食い族に捕えられてしまったのです。人食い族は王様を生贄にしようとしました。しかしその時、王様の怪我を見つけた人食い族は、「傷ものは生贄にできない」と言って王様を解放しました。

城に戻った王様はアシュタバクラに、「怪我をしたことで命拾いをした。怪我は最高の出来事だった。牢屋に入れたことを謝りたい」と言いました。そして、アシュタバクラはこう答えます。

「もし私が牢屋に入れられず、王様と共に狩りに行っていたら、怪我をしていなかった私は生贄にされていたことでしょう。牢屋に入れられていたことは、最高の出来事でした」

 

望まないことが差し出されたとき、私たちは「悪いことが起こった」と捉えてしまいがちです。しかし、目の前の世界に起こることは、全てに意味があります。一見、最悪に感じられることに遭遇したとしても、それはその先の大きな喜びにつながっている過程の一つであり、最高の出来事なのかもしれません。

 

例えば、「雨降って地固まる」ということわざがありますが、誰かと言い争いになったり喧嘩になった時、最初は「最悪だ」と思うかもしれません。しかし、そこで相手と本心をぶつけ合い、本気で向き合った結果、喧嘩する前より絆が深まって仲が良くなるということはないでしょうか?喧嘩という最悪なことも、相手との関係がより良くなるための必要なプロセスだとしたら、最悪だと思っていたことも最高の出来事に変わる可能性があるのです。

 

私は大学2年生の夏に、卒業した高校の留学プログラムを利用して、3週間イギリスへ短期留学しました。イギリスの南海岸沿いにあるボーンマスという街に滞在し、ホームステイをしながら語学学校へ通いました。

日本からは現役の高校生と、私と同じように卒業してから参加する大学生が一緒でした。

私は初めての留学に胸を躍らせ、特にホームステイ先での生活にとてもワクワクしていました。きっと優しいホストファミリーがいて、美味しい食事を作ってくれて、街を案内してくれたり、英語を教えてくれたりして、本当の家族のようにかわいがってくれて、日本に帰国する時は感動的な別れが待っているのだろうな…と、妄想は膨らむばかりでした。

そして、ボーンマスへ到着し、留学生それぞれがホストファミリーの家へ向かいました。

きっと笑顔で歓迎してくれるのだろうと思って、さっそく滞在先の家に入ると、そこで待っていたのは怖い顔をした60歳くらいのホストマザーでした。笑顔など微塵も見られず、態度も素っ気なく、私が拙い英語で一生懸命自己紹介をしましたが、マザーはあまりたくさんのことは話してくれず、家のルールなどを簡単に教えてくれただけでした。彼女は、ビジネスのためだけに留学生を受け入れているようでした。

そのような態度を目の当たりにして、私が妄想していた夢の留学生活はガラガラと音を立てて崩れていきました。用意された私の部屋に入ると、一気に寂しさがこみ上げて日本へ帰りたくなりました。

ホストファミリーのために日本料理を作りたいと思っていましたが、マザーはキッチンを使わせてくれませんでした。ホストファザーは優しい人でしたが、マザーの前ではなぜかあまり話してくれず、すっかり委縮してしまった私は、英語を教えてもらうどころか、家の中ではほとんど話しませんでしたし、一緒にテレビを見ながら団らんするなどという時間は皆無でした。特に、食事中はほとんど会話がなく、きちんとしたお料理は出てきましたが、静まり返った食卓での食事は全く楽しくありませんでした。夕食の時間は本当に苦痛でした。

まさかこんなことになるとは思っていなかったので、「とても楽しみにしていた留学生活なのに、なんて最悪なんだろう!」という気持ちでいっぱいでした。

当時はまだヨガのヨの字も知らない19歳だったので、ここでヨガの智慧を生かせるわけもなく、ただただこの状況にがっかりしていましたし、日本から一緒に渡英した仲間たちにも、いつもこのホストマザーの愚痴をこぼしていました。

 

しかし、今ではこのホストマザーで良かったと思っています。

私は、ホストファミリーに甘えることができなかったため、ほとんどの時間を家の外で過ごし、学校でも学校以外でも、自分から周りの人に話しかけたり、大きなスーパーに一人で買い物に行ってみたり、仲良くなったクラスメイトたちと街中のカジュアルなバー(未成年はジュースを飲めます)で夜まで語り合ったりしていました。インターネットカフェで日本へメールを送ったり、クラスメイトたちと夜中までビーチで遊んだりしたことも覚えています。

また、中国人のホストメイトがいて、彼女はオックスフォード大学を目指す優秀な女の子だったのであまり遊びには行けませんでしたが、たまに一緒に散歩したり、彼女の友達の家へ遊びに行かせてくれたり、ホストマザーの態度について愚痴を言いあったりするなど、楽しい時間を過ごすことができました。

語学学校の授業では、私はクラスで日本人一人だったので、日本のことを先生やクラスメイトからよく聞かれました。最初はうまく答えられず苦労しましたが、家に帰ってもホストマザーに相談できなかったので、日本から持って行った英語の本で勉強し、次のクラスで答えるなど、自分の力でなんとか乗り越えていきました。

もしホストマザーが優しく何でも助けてくれたら、私は自分でこんなに外へ出ていかなかったかもしれませんし、「ただ楽しく終わった」という経験しかできなかったかもしれません。「最悪!」と思いながらも、「言葉も文化も違う国で、自力で切り開いて乗り越えた」という自信を持つことができました。

最後まで素っ気なかったホストマザーとは思い描いていた感動の別れもなかったのですが、「あの時の私を成長させてくれてありがとう」と、今では感謝しています。

 

もし、今皆さんの目の前に「最悪!」と思える出来事が差し出されていても、それが本当に最悪なことなのか、少し立ち止まって考えてみてください。どんなに望まないことだとしても、大きな視点で見たら、きっと必要な経験の一つになるはずです。

必要のなさそうに見えるパズルのピースでも、必ず当てはまる場所があり、そのピースがなければ絵を完成させることはできません。いつでも差し出される現実を有り難く受け取って、人生という一枚の大きな作品を作り上げていきましょう。

 

※この記事は、リラヨガインスティテュートHPの「今月の小話」にも掲載されています。

http://www.lilayoga.jp/instructor/kobanashi201508.htm

 

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