母と娘の時間

ヨガの根本経典『バガヴァッド・ギータ』には、「土塊や石や黄金を等しいものと見る」という言葉があります。目の前の世界に差し出されるものを、良いものと悪いものに区別することなく、全てを受け入れていきなさいという教えです。

 

土塊や石はあまり価値のない、取るに足らないものというイメージ、黄金とは価値があって手に入れたいもの、手に入ると幸せになれるものというイメージがあると思います。しかし、本当にそうなのでしょうか? 「物事は捉え方次第である」という言葉がありますが、最初は石ころのようにしか見えなかったものも、「これは価値のあるダイヤモンドだ」と思えば、それは本当にキラキラと輝いたダイヤモンドになるはずです。もしかしたら、その石ころが、私たちを素晴らしい世界に導いてくれるスペシャルなチケットになるかもしれません。

 

私の母は浜松市に父と祖母と3人で住んでいますが、先日、東京の私の自宅に泊まりにきました。私は年に何回か浜松へ行きますが、母が東京に来るのはせいぜい年1回です。 この日母は友人と会い、夕方から私と合流して夕食を楽しみ、そのあと私の自宅に来るというスケジュールになりました。 夕食の場所は、母が以前から行ってみたいと言っていた自宅近くにあるイタリアンレストランに決めました。そこは石窯でピザを焼いていてとても美味しく、近所でも評判の良いレストランです。あまり頻繁に東京に来られない母には、ぜひここのピザを食べてもらいたいと思っていました。

 

週末の夜はいつも大盛況で混んでいるので、前もって予約を入れておこうと直接お店に行きました。しかし、スタッフに声をかけたところ、こちらが希望する夜の時間帯はすでに貸切の予約が入っていて、もうどうすることもできません。「絶対にお母さんとこのレストランでピザを食べる!」と決めていたばかりに、母を連れていけないことがとてもショックでした。仕方がないので、近所で他に良さそうなお店がないか探しましたが、どこもピンときません。そのイタリアンレストランこそが最高のお店で、同じくらい価値のある場所は他にはないと思っていました。

 

お店を決めることができないまま当日の夕方になり、母が私の住む街にやってきました。結局、私が一度だけ入ったことのある、近所の沖縄料理店で夕食を取ることにしました。ただ、そこはそれほど魅力的なお店だとは感じられませんでした。 しかし、入店してみると、こぢんまりとはしていましたが沖縄らしい良い雰囲気です。母と一緒に珍しい味を探しながらお料理をいただくことができました。なかでも「もずくのてんぷら」というのは私も母も初めて食べたのですが、とても香ばしくて美味しかったです。お客さんは何組かいましたが、混みすぎることもなくゆったりとできました。そして何より、滅多にない「母と娘2人だけの時間」をゆっくり過ごし、いろいろ語り合うことができました。母も普段食べる機会のない沖縄料理を堪能できて、とても喜んでいました。

 

その時に気づきました。最初はイタリアンレストランにとてもとらわれていたのに、夕食のひとときには、すでにそのような気持ちはすっかり無くなっていました。大切なのは、「どこのお店に行ったか」ではなく「母と2人でどんな時間を過ごせたか」だったのです。行きたかったお店ほどの価値はないと思っていた場所でも、久しぶりに母と過ごしたことで、イタリアンレストランに行くことよりもずっと大きな喜びを手に入れられました。そして、たとえイタリアンレストランに行けたとしても、もしかしたら混雑していてゆっくり食事することはできなかったかもしれません。結果的に、最高の場所で最高の時間を手に入れることができました。

 

今、皆さんの目の前に期待とは違った状況が差し出されていたとしたら、それは本当に「価値のないもの」なのでしょうか?最初から拒否してしまわずに、その状況を心を開いて受け入れてみてください。土や石ころのような、取るに足らないものだと思えたものでも、もしかしたら、それこそが私たちを光輝く世界に導いてくれる宝物なのかもしれません。

 

※この記事は、リラヨガインスティテュートHPの「今月の小話」にも掲載されています。

http://www.lilayoga.jp/instructor/kotoba201403.htm#na12

 

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